※この物語はフィクションであり、
現実に存在する人物、団体、
出来事とは一切関係ありません。
連続ゴルフ短編小説
- Over The Green -
(第2話)
ー みどり ー
ぼくが、浮島みどりと出会ったのは、
高校生のときだった。
特に高校3年生のときは同じクラスだった。
壱田が出席番号1番、浮島が出席番号2番。
(つまり席が前後ということになる)
みどりは、この高校ではちょっとした有名人だった。
みどりの父は、名の知れた企業の社長で、
雑誌などで、特集されるようなこともあったようだ。
(といっても高校生のぼくは本当のところはよくわからない)
自分の家が、お金持ちだからといって、
それを鼻にかけることは、一切なかった。
スクールカーストで言えば、最も目立つような女王グループともうまくやりながら、
かといって、擦り寄るわけでもなく、
絶妙な距離感で、一人の時間を過ごしているように見えた。
今24歳のぼくから考えてみても、
17歳当時の彼女はとても芯が通っている人間なのだと思う。
孤独を恐れてはいないのだ。
(そして、彼女の美しさに惹かれた男子生徒は、
例外なく「全滅」していた…)
彼女は学期末になると、よく全校生徒の前で表彰されていた。
みどりはいわゆる「一人ゴルフ部」だった。
小学校時代からゴルフをやっていたみどりだったが、
この高校には、そもそもゴルフ部がない。
ジュニアゴルフ選手権の高校生の部に出場するためには、
教職員の中から一人、どうしても顧問の先生が必要だった。
そこでみどりは高校1年の時に、
うちの高校でもっとも暇そうな部活の
先生に顧問を頼み込んだのだ。
そう、それがぼくが所属している
図書部というわけだ。
実際、図書部としての活動は、ほとんどないに等しい。
せいぜい、昼休みの本の貸し出しくらいだった。
高校2年のある昼休み、ぼくが図書部の仕事をしていると
「あの、桜井先生いますか?」
クラスが違ったみどりが訪ねてきたことがあった。
ぼく
「たぶん、今は職員室だと思うけど…」
みどり
「ありがとう。ところで、今、あなたが読んでいる本は何??」
ぼく
「宗田理さんの、『ぼくらシリーズ』だけど…」
みどり
「ふーん、それは中学生までに卒業する本だけどね」
ぼく
「・・・(いいじゃないか、別に好きなんだから)」
みどり
「嘘。私もよく読んでたから…面白いよね。じゃあ桜井先生のところに行くから」
こういう感じの冒険物が好きそうには見えない
女子だと思っていたので、
とても意外な感じだった…
と同時に
ぼくがみどりの存在を意識するようになったのは、
このときが初めてだったと思う。
みどりの「一人ゴルフ部」の
スタイルは非常に変わっていた。
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(これはぼくが、友人の中島に聞いた話だ)
あるとき、同じ学年の中島たち男子学生3人が
ゴルフ部に入部しようとしたところ、
みどりは快く承諾した。
うちの高校にゴルフ練習場はもちろんない。
(だって、そもそもゴルフ部はないのだから)
かわりにみどりが元々通っていたゴルフ塾が
校外指定練習場として
高校から認定されていた。
そのゴルフ塾は、
ゴルフ場にあるわけでもなく、
まして、
ゴルフ練習場の中にあるわけでもなかった。
学校の最寄りの駅のビルの雑居ビル3階に「それ」はあった。
ぼくも電車で家に帰るので、中に入ったことはなかったけれど、
場所自体は知っていた。
1階がコンビニ、
2階が鍼灸院、
3階がそのゴルフ塾だ。
ゴルフ部に入部希望した、
同じクラスの中島によるとそこは少し変わった場所だった。
入り口で「ピッ!」と指紋認証すると自動ドアが開いた。
中には誰もいない。
人が一人だけ入れるくらいのスペースに
マットとボールが置いてあり、
そのまわりを二重の細かい網目のネットで囲ってある。
「危ないから一人しか中に入らないでね ( Kaidaより)」
という掲示あった。
その打席用ネットの横にはパターの練習場があった。
みどり
「みんなは、私が打っているのを最初によく見ていてね」
中島たち3人は、
ネットの横にあるベンチに腰掛けた。
周囲を見回すと
壁にはこの後打席を使用する予定の
電子掲示板式の
時間別の予約表があった
「15:30〜18:00 KY high school(うちの高校の名前)」
その下には、
「18:00〜19:00 Mr.Tanaka」
「19:00〜20:00 Mr.Nakasone」
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「3:00〜4:00 Mr.Ito」
そんな感じで
24時間びっしりスケジュールが埋まっていた。
みどりは3人に対して
「じゃあ、今からKY高校ゴルフ部の練習を始めます」
というと、
モニターの横にあるリモコンを手に取り
スイッチを押した。
画面がつくと、
一人の年齢不詳の男が現れた。
画面の男
「さぁ、今日もたのしく練習していきましょう。
ます、一番大切なセッションから始めますよ。
では、あなたにとってゴルフをやる目的や目標はなんですか?」
中島たちは驚いた…
みどり
「浮島みどりです。カイダ先生、今日もよろしくお願いします。
私の目標は父の会社のような、良い会社を経営していくための
選択、判断、実行力を高めるためにゴルフをします。
そのために、私は、来年20XX年の△△女子アマチュア選手権を
競技人生の最後として、
今日も悔いなく楽しんで練習します」
というと
「はい、次、中島君の番」といって、
リモコンを渡してきた。
よく見るとリモコンには「録音」のボタンがある。
つまり、今の音声は「カイダ先生に届いている」らしい…
中島たち3人は非常に動揺した…
(みどりと仲良くなるためであって、ゴルフを別にやりたいわけではなかったから)
「ぼ、ぼ、ぼくらは今日は見学ということで、浮島さんの練習見ているよ」
そうなの?という目でみどりは3人をみると、
「じゃあ、部活の流れを見ていてね」
リモコンの次のボタンを押すと
またしても、カイダの次のメッセージが流れ始めた。
それをメモしたり、
みどりはなにやらブツブツ言いながら、
スイング練習をし始めた。
みどりのスイングは、
中島たち素人からみても
とても美しかった。
みどりは、鳥かごの中で、ボールを打ちながら、
壁を見ているのではなく、
何か他のものを見ているように、
自分の世界に入っていた。
スパッ!ドーン。
スパッ!ドーン。
スパッ!ドーン。
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中島たちは、ベンチでみどりの姿をただ見ていた。
17:50になると
次の人が来るから、
そろそろ「帰ろっか」とまた
学校で見かける
いつものみどりに戻った。
最後にまたリモコンを押すと
画面の男からまたメッセージが流れた。
「はーい、今日も練習お疲れ様でした。
自宅でできるトレーニングメニューは、
各自のスマホに送っておくから復習しておいてください。
学生は勉強を、社会人の方はお仕事を頑張ってくださいね。
それでは、また次回お会いしましょう」
次の日から中島たちはゴルフ部には行かなかった。
そう、彼らは気づいてしまったのだ。
みどりは、彼ら男子高校生に興味が全くないことに。
そして、彼女が恋をしているものは、
もっと別のものであることにも。